こんにちは!りっきー塾長です。
さて皆さんが20代~40代中盤の場合、50代~60代のバブルオヤジ(失礼!)とのいわゆる「ジェネレーションギャップ」を感じてしまったことはありませんか?
そういう私は40代前半なのですが、バブルオヤジとのギャップというか「崖のような断絶」を感じまくり続け、かれこれ18年が経ちます。
今回はその背景として、日本が右肩上がりの「成長社会」から、分かりやすい成長は終わり、中身がオトナになっていく「成熟社会」に変わったという社会の変化について見ていこうと思います。
そしてその中で大きく変わってきた「働き方と働く人のマインド」について、考えていこうと思います。
成長社会から成熟社会へ
日本は1997年を境に「成長社会」から「成熟社会」に入ったといわれます。
それまでは、欧米に追い付け、追い越せということで、ひたすらに物質的、経済的な豊かさを追い求めてきた時代でした。
そして日本人の先輩たちの涙ぐましい努力の結果、戦後の廃墟からわずか半世紀で、世界第2位の経済大国になりました。
日本人は鉄鋼、エネルギー、自動車、家電、医療など多くの分野で、世界一の企業群を作ったわけです。
しかしその右肩上がりの成長社会は、20世紀後半に、静かに終わりを告げました。
ちょうどこのころを境に、日本人の一人当たりGDPも頭打ちしています。
イギリスなど欧米先進国と同様に、日本も「みな同じ尺度の成長」から、「みんなそれぞれ違う生き方と選択」という成熟社会に入ったということです。
働き方にまつわるワードも、それまでの「終身雇用、年功序列」が少しずつ崩壊して、「転職可能、成果・スキルに応じた報酬」となってきています。
そしてこの成熟社会への変化中で、私たちビジネスマンは、考えなければいけないことが、一昔前よりはるかに多くなってしまったのです。
昔は毎日夜遅くまで残業したあと、会社の先輩や上司、取引先と飲みに出かけるのが普通でした。
しかし今は定時で帰ったあと、スキルアップのために勉強することが当たり前の社会に変わってしまったということです。
なぜなら、みんなと同じこととしていても、一律に成長し、給料が上がり、幸せも増えていく時代ではなくなってしまったからです。
新入社員の年収が1千万円だった時代?
成長社会では、「みんな一緒に」がキーワードでした。
だから、昼間は残業時間など関係なく、一生懸命働いたかもしれないが、夜はみんなで街へ繰り出して、どんちゃん騒ぎをしていた。
バブル真っ盛りの当時は、会社の交際費もふんだんに使えたようです。
私の元上司で、1980年代に入社した人がこう言っていました。
「昔はな、若い時の給料は安かったんだ。ただ夜は毎日、会社の金で飲み歩きまわった。俺なんか、夜の会食費を含めたら、1年目から年収1千万円プレイヤーだった!」
そのころの大学卒初任給といえば、10万円ちょいです。
だから入社間もない若い人の年収は、200万円ちょいです。
それが、1千万円になるのですから、どれだけ会社の金で飲んでいたんだ?という話ですよね。
でもこれは決して誇張や特例ではなく、この会社でも、またどの会社でも当たり前だった、本当の話なのです。
夜の宴会も含めて、それが全部仕事。
昼も夜も、派手にカネと時間を使う。
日本社会に勢いがあったというか、ある意味そうやってお金を使って、経済を回していたともいえます。
あれから30年。
今では、多くの企業で1回あたりの接待費用がかなり厳しく制限されています。
とてもとても年収200万円の若手が、一年で800万円も接待費をつかえません(笑)
そもそも今の時代、若い人が毎日飲みに連れまわされたら「残業代付けてください」とかいう、コンプライアンス上の問題になりかねませんよね。
忙しさの種類と質が違う
私は20年ほど会社にいますが、人材という面で大きな変化を感じます。
それは「新入社員が持っているスペック自体は確実に上がっている」ということです。
これは部署や分野を問わず、全社的に起きていることです。
いまの若い人を見回すと、TOEIC900点というのはゴロゴロいて、中には第2外国語もビジネスレベルとか、ふつうにいる。
また40代以上のオッサンですら持っていない資格を、ふつうに学生時代に取りましたとかいう強者もいる。
今のビジネスマンは、いろいろ勉強しなければいけない時代になっています。
第3次産業革命とも呼ばれる「変化の速い」時代の中で、企業では新卒でも即戦力や一芸に秀でた人材を求めている。
ちまたでは、英語や会計など「バリバリ活躍するビジネスマン」のイメージにフィットするような「わかりやすいスキル」を売りにして、学生を駆り立てる業者がごまんといる。
さらに「終身雇用の時代は終わった」なんて、危機感をあおる記事がアホみたいにあふれています。
そもそも入社はしたものの、定年までこの会社が存在しているとも思えない。
そんな「不安定で不安な時代」だから、若い社員は、自分磨き、スキル習得にとても忙しいのです。
しかもそれは会社内の就業時間内ではなく、仕事が終わってから、社外で勉強するという行動に現れることが多い。
会社の先輩と毎日飲みに繰り出した「一昔前」も忙しかったかもしれませんが、現代では「忙しさの種類と質」が、全く変わってしまったということです。
私の知り合い(アラサー女子/総務人事系)は、入社4年目の26歳の時に、自分のキャリアに悩んだ結果、社会人大学のGROBIS経営大学院に入学しました。
平日夜、土日と勉強尽くしで、会社の飲み会もずいぶんキャンセルしたようです。
しかもこの大学院、決して安くはなく、かなりの自腹を切った投資だったと思います。
先日卒業したようですが、自分のWill(意思)でキャリア創り、とても良い学びの機会になったと言っていました。
自分のキャリアアップのための教育を、会社が提供するものだけに頼れなくなってしまった。
OJT(※)だけでは、他社で使い物にならない社員を育てるだけ、という厳しい時代になってきている、ということです。
とくに若い人のほうがより、こういう危機感を感じているのが現実です。
※OJT・・On the Job Training 仕事の現場で、仕事をしながら覚えていくという教育方法
物質的に豊かになり「自分の働く意味」が分かりづらくなった
話は変わりますが、うつ病が「現代病」と呼ばれて久しくなります。
しかしうつ病がきちんと社会の中で認知されだしたのは、ほんのここ30年くらいのことです。
日本において「社員の過労によるうつ病発生⇒自殺」が初めて会社の責任だとされ、会社の安全配慮義務が問われた歴史的な裁判(電通事件)は、1991年、今から約30年前のことです。
それまでは、「そんなもの、うつ病になって死んだ弱いやつが悪い」というのが当たり前の社会だったのです。
パワハラ/セクハラと同様、用語というか、言葉の定義が無いものは「認知」されません。
それまではうつ病は「先天的に異常のある人がなる、かなり特殊な病気」であり、もし自信や身内がなったら、ひた隠しに隠す、という類の「外に出すと恥ずかしい」ものでした。
あれから30年、今やうつ病は国民病とも呼ばれ、年間100万人以上の人が医療機関に掛かっている状況です。
マクロ的な経済環境(長引く不況)に原因を求める声もありますが、私はそれ以外の要因のほうが大きい気がしています。
それは、国民全員が「同じ夢を見て、同じものを目指して頑張れなくなった」ということです。
今までは、一生懸命勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って、そこで頑張っていれば、今よりもいい生活、いい給料、いい人生がある程度保証されていた。
みんなが目指していた「今よりもよりよい、平均よりちょっと上」の生活を手に入れられれば、そこで「幸せ」を感じることができると、そう信じていたということです。
しかし今では、多くの人が子供の頃から特に、生活に決定的な「物質的な欠乏感」があるわけではない。
車は普通にあり、広くはないがプライバシーはまああるよね、くらいの家には住んできたわけです。
少し前までは、家族全員が6畳の部屋で重なり合うように寝たとか、テレビは15インチくらい、今でいうノートPCの画面くらいの小さいやつを、顔を寄せ合って見てたとか、普通にあったわけです。
もう少しお金があれば、もっと大きい家に住んで、自分の部屋を持てて、テレビも20インチのやつとか、「もうちょっといい生活」を夢見れたわけです。
それが今では、生まれながらにして、それらを「だいたい手に入れてしまっている」という状態です。
日本が豊かになったのです。
しかも、スマホという「夢のような実用的なおもちゃ」を、安く手に入れられるというスゴイ時代になりました。
手のひらで、電話ができ、動画が見れ、買い物もできて、ゲームもできる。
一昔でいうと、それらはすべて、結構な値段の専用機器(コードレス電話、テレビ、移動手段としての車、ゲーム機・・)を買わないといけなかった。
それが今は、スマホ1台あれば、すべて事足りる。
つまり、国が豊かになり、生活コストが想定的に低くなったということです。
だから無理して、肉体と精神をすり減らしてまで働かなくても、経済的に「平均よりちょっと下」でも、平均的な生活ができる。
こういう時代に「何のために働いて、何のために無理をして頑張る必要があるの?」と考えてしまうのは、甘えではなく誰もが思うことなのです。
みんなが「平均よりちょっと上」を目指していた時代
繰り返しますが、今という時代は「自分が何のために存在しているのか、何のために働いて、生きているのか、その意味を実感しづらい社会になった」ということだと思います。
一昔前まで、おおよそ20世紀までは社会生活において「足りない」「もっと欲しい」という欲望がベースにありました。
例えば自動車。
一昔前までの軽自動車は、今と違って「サイズも燃費もちょうどよい」オシャレなもの、スマートものではありませんでした。
ただ「最低限、人と荷物を運べるもの」でした。パワーはなく、うるさく、安っぽく、カッコよくもなかった。
20年前の軽自動車で高速道路を走ろうもんなら、時速80kmをキープするのに、エンジンが相当無理して爆音を発しないといけませんでした。
つまり全然「快適」じゃなかったんですよね。
だから「快適」を求めるためには、もっと高価な、もっと大きくて高いモデルを買わないといけなかった。
しかも自動車はかなり重要な「社会的ステータス」となっていました。
軽自動車を乗る人は、「軽自動車しか買えない平均以下の人」とみなされていたわけです。
まあ「子供の送迎用や奥さん専用で軽自動車を持つ」というのは今と変わらずありましたが、ふつうは旦那さんは「高級セダン」を欲しがる時代だったんですよね。
「平均よりちょっと上の生活」を、当時のほとんどの人が一生懸命目指していた、そういう時代でした。
一方今は、若い人はほとんど車を買わない時代です。
ステータスとか、なにそれ?
そんなもののために無理してローン組んでまで、お金を無駄遣いするの、バカじゃないの?という感覚です。
今回はここまで。続きは次回へ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ではまた!
コメント